2006年11月28日

マグノリアのインセンス

061128_2205~001.jpg最近のお気に入りはマグノリアのインセンスです。
一日が終わってホッと一息。明日のおコメを研ぎ始める前に火を点けます。
前はコーヒーのことが多かったのですが、最近は紅茶を淹れて寝る前のひと時、PCに向かいます。仕事が変わって生活も変わりました。そんなわけでこのブログの更新も滞りがちですが。
アロマは即効性がありますし、インドのお香は香りを楽しむのに手軽で安いので重宝しています。

マグノリアは、コブシや木蓮の英語名です。木蓮の花も香りも大好きですのでこのインセンスを見つけたときには小躍りしてしまいました。
木蓮の花言葉は「自然への愛」「持続性」

エッセンスで探してみるとパシフィックにありましたよ。ハートスピリットの中にも入っていたんですね。じゃ、飲んでいたんだ!初めて知りました。

パープルマグノリア[Perple Magnolia] エッセンス
オープンに親しく。男性女性エネルギーのバランスを整える。
セックスを過度に欲する人、また逆に異性に近づけない人に。
感覚を敏感に。嗅覚、触覚、感じることに。



あれ?インセンスとエッセンスってなんか語感が似ている…
posted by 花のしずく  at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

クリスマスリースできると良いな♪

061127_0003~001.jpg夕方毎週恒例になったプールから戻ってくると、またうちの玄関のところに立っている人がいました。
「ここにお住まいの方ですか?」
「えぇ、なにか」
「このぶどうのつるをリースを作るのに使いたくて」
ぶどうの木は隣のアパートの敷地に生えていますが、私の部屋の玄関の前にも伸びています。
「こちらの方は何回お尋ねしてもいらっしゃらないんですよ」
その部屋の方は、例の白人の女性。用心して知らない人にはドアを開けないのかもしれません。
「こっちに伸びている分は構わないでしょう。実は私もリースを作ろうと思って狙っていたんですよ(笑)」
気の早い方がいらっしゃるようで、街にはもう大きなクリスマスの飾りつけがいくつも見られます。でもアドヴェントの第一週(待降節)を待ってから飾るのが本当です。
「こっちに藤つるもあるのでよろしかったらどうぞお持ちになってください」
夏に随分切った藤つるですが、どんどん伸びてくるのでテラスの柱に絡むがままに任せて、11月になったらリースを作ろうと思っていたのです。

よくよく伺うと前に住んでいらした方を御存知とのこと。飾り付けに使うカラスウリの余分を分けてくださるとのことで、いったん帰宅され、私は縁台に紅茶を入れました。藤つるとカラスウリの物々交換です。お話してみると、意外な共通点があったりして、すっかり寒くなるまでおしゃべりしてしまいました。
最後には電話番号の交換まで(笑)

さてさてリースが無事余分に出来たら「花のしずく」からのクリスマスプレゼントにいたしましょう。

写真手前は一去年作ったキャンドルです。素敵でしょ♪
posted by 花のしずく  at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

烏骨鶏の卵!

061121_1955~001.jpg
うちの玄関の前で声が聞こえたような気がして、出てみると小柄な白人の女性が鶏を見守っていました。
ちょっとシュールな光景。
大家さんは烏骨鶏を飼っていて、それが逃げ出したらしいのです。
「猫が狙っているの…さっき大家さんが鶏を探していたんだけど」
鶏は怪我をしているらしく、じっとしています。
彼女は電話をかけたらしいのですが、繋がらなかったみたい。私が鶏の死角に廻って、そうっと捕まえました。
「あぁ、良かった。私、捕まえられなくて」
まぁ、ほんとに流暢な日本語…
そのまま2人で大家さんの家に連れて行きます。
鶏より小さな烏骨鶏は信じられないくらい羽が柔らかくて、少し濡れていて儚げ。よく見ると羽根のところを猫に噛まれたらしく血が滲んでいました。

大家さん一家はとても心配していたようで大喜びです。ああ良かったと帰ってくると、トントンとノックの音がして、出てみると大家さんが先ほどのお礼にと烏骨鶏の卵を6つも持ってきてくださって!!
思わず
「うわ〜〜嬉しい!」と叫んでしまいました。
烏骨鶏の卵ってまだ食べたことが無いんですよ。写真の中で一番大きいのは大きさの比較用に置いたスーパーのMサイズの卵。烏骨鶏の卵って小さいでしょう。いつかどこかで見た卵はひとつ何百円もして

美味しいらしいから明日の朝は卵かけご飯にして頂きましょう。明日の朝が楽しみです♪
posted by 花のしずく  at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

大好きな自分でいよう!

東京地方は一昨日の夜半から雨が降り続いて、いい加減鬱陶しい感じです。ここのところ精神的に疲れているような気がして、10日ほど前もえにホーンビームを頼んだのですが、
「う〜ん、ちょっと違う感じだよね」と、電話口で既に言われてしまいました。
「でも逢って見ないと判らないし、精神的な疲れだとホーンビームかぁ」
「私もなんか違うような気がする」
自分で頼んでおいてこれです。
「あ〜でも、毎日毎日うんざりって感じがホーンビームかなって」
とりあえず送ってもらって、2日ほど飲んでみたものの、なんだかしっくり来ない。そうしているうちに「クロト」に衝撃を受けてしまい、動揺してくる。私は時に妙に誰かに共鳴してしまうことがあって、そんな時ガクガクと自分が崩れてしまう。そんなわけで結局ストロベリーを飲んでいました。レスキュー でも良かったのですけれど、方向性としては、やはりストロベリーでしたね。

今日の午後、仕事をしながら気がつくと、
「あぁ、こんな風にグジグジウダウダ考えている自分が鬱陶しいなぁ」って思いました。なんだかカビが生えてきそう…
私ってこんな人じゃないじゃない、もともと悩むより行動の人じゃない。結構そんな自分が好きだったじゃない。

一生懸命イライラしないためにせっせとインパチェンスを飲んでおいて、自分にイライラしている私って何?

なんと言うことでしょう!?なんだか一回転しただけ?
でもね、そこはやっぱり違います。他の人に対しては、あぁ、またやっているなと思うだけ。ま、多少はイライラしますけれど(爆)

ストロベリーのどこが凄いかというと、自分がブレそうになったときに急速に自分自身に戻してくれる感じ。ストロベリーは地を這う植物ですからグラウンディングさせる力も強いです。自分を見失いそうになったときに是非。
大好きな自分でいよう!
posted by 花のしずく  at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子供の頃の心の傷

最近よく小さい頃の記憶を辿ってみます。3歳で引越しをしましたから、それ以前の記憶は2〜3歳といったところでしょうか。
父は独立する以前、下町の町工場に勤めていました。朱い夕日の差す中川にかかる橋を3輪車を漕いでわたり、父を迎えに行った記憶…
ライオンの工場からなぜか時々シャボンが噴き出し川を渡って空から降ってくる記憶。
母や、周りのお母さんたちがおお慌てで洗濯物を取り込むのを見ながら、不思議に幻想的なそのシャボンを手にとっているそんな記憶…
墨田公園の近くのガラス工場で、顔に炉の真っ赤な熱を感じながらガラスを吹いている記憶…
幸せな記憶たち…

一昨日カミーユ・クローデル「クロト」の記事を書きました。水曜日に日経の記事を読んでから、とても不安定になってしまって困っています。まるで心が裸になっているように敏感です。100年以上も経ってから、遠い異国の私をこんなに揺さぶることが出来るなんて、彼女はやはり天才なのだと改めて思いました。
彼女の悲劇の第一は彼女と母親の関係にあります。母親はどういうわけかカミーユを愛しませんでした。それは前年に生まれたばかりで亡くなった彼女の兄のことが原因なのか、2歳違いで生まれた彼女の妹が原因なのかよくわかっていません。とにかく母親との確執は彼女の生涯にわたって続きました。私は母親に受け入れてもらえないという心の傷がロダンへの執着と、彼の妻ローズへの憎しみに影響を与えていると思っています。
激しく愛を求めるのは、愛に飢えていると自分で感じてたからだったのでしょう。結局彼女は自分の孤独を確認していただけなのです。それが素晴らしい作品になってゆくというのは皮肉な運命ですね。


誰でも多かれ少なかれ、子供の頃の心の傷は持っているものです。両親が忙しくて、必要なときに側にいてくれなかった。とか、弟が生まれて母親を取られたような気持ちになったなど、本当はホンのちょっとしたことなのです。けれど、子供の理解力はそこまで深くありません。
お母さんは私を見捨てた。
おとうさんがおにいちゃんばかり可愛がるのは私がダメな子だからだ。
そんな風に思い込んでしまいます。実際には単に親の気が回らなかったとか、困難な状況で育児をしていたとか、後から受けたフォローのほうは忘れてしまっているといった単純なことなのです。
けれど、そんな些細な事が私たちのこころに思い込みとなって深く傷を残します。
誰かに受け入れてもらえないと、自分が悪いと思い込み、落ち込む。自分を大切にしてくれない異性に執着して子供の頃の思い込みを再確認する。

うんと小さい頃の思い出はセピア色に美しく幸せにあるのに、小さな頃のトラウマは一方でこんな風に頑固に私たちの幸せを阻んでいます。
そんなことを思って、飲み始めたペルセフォネのエッセンス。いったんストロベリーに変えたのですが、もう少し経って落ち着いたら、また飲みなおしてみようと思っています。
posted by 花のしずく  at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

カミーユ・クローデル「クロト」

今週の水曜日の日経新聞にカミーユ・クローデルの「クロト」の記事が掲載されていました。
カミーユ・クローデルはイザベル・アジャーニ主演で映画にもなりましたし、御存知の方も多いと思います。
彫刻家ロダンの弟子にしてモデル、愛人でもあった美貌の彫刻家です。
今でこそ珍しくもありませんが、100年以上も前、土をこね、岩を削る女性は極めて特異な存在でした。
彼女の悲劇はいくつもあります。その連なりこそが更なる悲劇を生んでいくのです。
美貌の女性であったこと
天賦の才能のあったこと
激しい気性の持ち主であったこと
もう一人の天才、師であるロダンと恋に落ちてしまったこと

彼には長年連れ添った内縁の妻がいました。結局彼女は棄てられ、激しい愛は憎しみに変わっていきます。当時影響力の強かったロダンに妨害されて自分が彫刻家として認められないと妄想化していくのです。最終的には30年間精神病院に幽閉されます。

彼女の彫刻は非常に動的で、ドラマティックです。人間の動きや肉体を通して、情動の一瞬を切り取っているかのようです。
それはまさしく彼女の人生の一局面を切り取り、石を削ってとどめているのでした。
代表作「分別盛り(第2ヴァージョン)」
悪魔として描かれているのはロダンの妻ローズ、頭を垂れ歩き去るロダンに追いすがるカミーユ。
狂気とは異常に集中し、先鋭化したエネルギーの発露に他なりません。
その狂気そのものを昇華し、作品を生み出していくのです。

「クロト」はロダンとの別れの前に製作された作品で、今では石膏像のほうしか残されていません。クロトはギリシャ神話で運命の糸をつむぎだす女神です。カミーユのクロトは自分の紡ぎ出してしまった運命の重みに耐えかねて、振り回されているように見えます。

カミーユの悲劇は自分自身であろうとし続けたこと。求める余り対象を壊してしまう程の激しい愛情は彼女自身の魂をも壊してしまったのです。
そしてその原因は彼女の幼少期に隠されているのですが、これはまた改めて。

カミーユ・クローデルに御興味をもたれた方はこちらを

アンヌ デルベ, 渡辺 守章

カミーユ・クローデル


ジェネオン エンタテインメント

カミーユ・クローデル

posted by 花のしずく  at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

ストロベリーエッセンスあれこれ

久しぶりにもえと話をしました。もえも私も忙しくてゆっくり話す時間がなかなか取れなかったのです。

面白い話を聞きました。もえのところでは十姉妹を飼っていて、自分の羽を抜き始めてしまったとか。獣医のところでむんずと掴まれてしまいすっかり傷ついてしまった十姉妹にストロベリーを飲ませてみたそうです。
ストロベリーを入れた水を飲んで十姉妹は小首をかしげ考え込んでいたそうで…(笑)
そのあと頭の上にストロベリーを一滴垂らしたらそれ以降すっかり元気になったようです。
もえの娘もストロベリーを飲んでいるそうです。どうして飲もうと思ったのか聞きませんでしたが、ストロベリーを飲みたくて仕方がないのだとか。本来の目的がどうなったのかわかりませんが、吹き出物や生理痛が改善されたとか。

私の妹もストロベリーを飲んでいます。もえに言わせると「20m先で知らない子供がお母さんに怒られていても傷ついてしまう」とても繊細な子。職場でトラブルがあり、ストレスから一時休職していましたが、ストロベリーのドーセージボトル2瓶で「戦闘体勢」に入ることが出来たようです。一瓶目を渡したときは「幾らでも眠れる」2瓶目は「無いと不安」
エッセンスをイメージで選ぶとしたら、妹はまさにストロベリー。基本的な性質にあっているのでしょう。
そして今は3瓶目。今では自分で月船さんに通ってエッセンスを選んでいるとか。

私もストロベリーはちょくちょく飲んでいます。お風呂に入れたりすることも。
人間関係で自分さえ我慢すればと必要以上に耐えてきた時期が長かったですから、エッセンスの変わり目などに折に触れて飲んでいます。
そんなわけでもうストックボトル1/3がなくなってしまいました。
ストロベリーエッセンスはグランディングとセンタリングを助けます。
自分の中心がブレそうになったとき、回りの雑音に惑わされそうになったときに是非飲んでみてください。
自分が自分らしくいることに誇りが持てるように。
posted by 花のしずく  at 00:13| Comment(2) | TrackBack(0) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

ロイヤリティのありか



ジェーン・ジャスカ, 清宮 真理

ふしだらかしら-老嬢ジェーンのセックスとロマンをめぐる冒険



私はふしだらな女。誰とでも簡単に寝ます。67歳の尻軽女です-。
「67歳になる来年3月までに、好みに合った男性とたくさんセックスしたいのです。まずは会話からとおっしゃるのなら、話題はトロロープでいかが?」。すべては「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」に掲載した個人広告から始まった。アントニー・トロロープの小説が大好きな教養ある女性英語教師が綴る、可笑しくて、ちょっぴり哀しくて、そしてまったくユニークな全米ベストセラーノンフィクション。
                               アマゾンのレビューより

何よりも実話というところが凄い。何でこんな本を手にとってしまったのでしょう。
ある66歳の元女性教師が有名な書評誌に広告を打ちます。
離婚歴のある彼女は息子を育てながら教職に打ち込み、退職後もボランティア活動をして充実しているはずなのに寂しさを感じます。
人との具体的なふれあいが無いのです。教師をしている間は生徒たちが身の回りにいて性的なものでなくとも身体的な接触があったのです。それが無くなったことがひとつの理由でした。
だったらパートナーを探せばいいと思うのですが、彼女はそうは思いません。
彼女の望みは「67歳になる来年3月までに、好みに合った男性とたくさんセックスしたいのです」これに尽きます。

ちょうど私の母が彼女と同じ年です。母がこんなことを始めたら私はショックで寝込んでしまうでしょう。そういったことも含めて、乗り越えて挑戦しようという彼女の勇気にまず敬服です。

申し込みの手紙が来てそれを選別し、とりあえず気に入った人と写真の交換をしたりメールのやり取りをしたりしていざ実際に会う段になって怖気づいたり、ひどいことを言われて傷ついたり本気で恋をしたり落ち込んだり。

アメリカのおばあさんだからあんまり「痛い」とは思わないけれど、いざ自分がこういうことを出来るかといったらやっぱりできないだろうなぁ。それでもやっぱり傷つくことを恐れずに挑戦する彼女をとても凛々しく感じますし実際魅力的な人だとも感じます。ふしだらなんてちっとも思いません。彼女は自分自身にロイヤリティを持っているから。
私の感覚ではふしだらというのはロイヤリティに欠けた状態、平気で裏切ることの出来る人間の事を指していると思うのです。

傷つきながらも共感してくれる友人を持ち、そうして何人かの(単なる)セックス(だけではない)フレンドと楽しんでいる彼女はやっぱり光り輝いていると思うのです。でも同じように自分に対してロイヤリティを持とうとしている私は、せめて66歳になったときにこんなことを思わなくて良いような状態でいることを願うばかりです。

何が怖いって、一番怖いのは自分。何をやりだすかわからないから…

でもデビット・ドゥカブニー似の若い男性と過ごすことが出来るなんて
物凄く羨ましいし、それは彼女の勇気への報酬のような気がするのですよ。
いろんな意味でドキドキさせられる本でした。

posted by 花のしずく  at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

ほんとの自分は痛い



中村 うさぎ

美人とは何か?―美意識過剰スパイラル
「ブス自意識、ババア自意識を抱えながらままならぬ現実と欲望の間で戦い続ける」
言わずと知れた中村うさぎさん「ショッピングの女王」様です。ははぁ
「ショッピングの女王」は週刊文春で読んでいて、初めの頃はちょいと引き気味。でもやっぱり面白いのよね。今考えると彼女のエッセイは非常にブログ的。ホスト通い、顔面改造を経て書かれる「美人論」。期待通りでした。

いやぁもう痛いほど伝わってくる「痛さ」。女王様の「痛さ」はそのまんま私の「痛さ」なのだなぁ。
だって人間ほんとの本音はみんな痛いよ。
金が欲しい、若さが欲しい、モテたい、遊びたい、注目されたい、愛されたい
それをそのまま体現しちゃったり、公言しちゃったり、挑戦しようとする「自分に正直な人」はみんな「痛い人」なのだ。

日本には謙譲の美徳と言うのが存在していて、目立たなく慎ましくしているのが美しいと感じるメンタリティが存在する。あるいは武士は喰わねど的な美意識。本音そのまま剥き出しって言うのはやっぱり上品とは言い難い。
要するに自己主張の強い女性は受け入れられないか、見世物になるわけだ。

上に書いた美意識は自分にもあり、自分の真実を生きるというのは自分にとってすら「痛い」。
ましてや他人から見たらブスでババアが何言っているんだ!ということにしかならず、非難などされたら「御もっともでございますぅ」と謝りたくなっちゃうような「痛さ」がそこにはあるのね。
だって自分でもそう感じるのだもの。

実はこの「目立たなく慎ましくしているのが美しいと感じるメンタリティ」というのが本当かどうかという問題がある。
つまり「痛いほど自分に正直な人」はその欲望を追求するためにとてつもない努力をするしかなくて、それは辛く大変である。だから「身の程を知る」という言い訳の元、努力を放棄したりする。そのくせ自分でそれを認めたくないがために他人の努力を見て「ブスでババアは身の程を知れ」なんて非難したりするのね。
ぐあぁぁぁ…本当の自分でいるって、とてつもなく大変で気力のいることなんだ。
「もう良いんじゃない?」と弱い自分が語りかける。
しかし私はもう1冊の凄い本と出逢ってしまったのであった。それは次回に。
posted by 花のしずく  at 23:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

「死」の夢

昨日あんな記事を書いたばかりなのに、やっぱり私は私なのね。

今朝とても印象的な夢を見ました。
もえが死んだという話を聞いて、誰かと知らない部屋に入っていくと、そこには比較的落ち着いた様子のもえの家族がいて、もえは布団に寝かされていました。
私は夢の中でショックだったので、もえの布団を剥いでみると、もえが生き返ったのです。
「死」の夢は再生を意味します。自分の中の古い不要な部分が死んで、生まれ変わるのです。さらに生き返っているところが解釈の分かれるところですけれど、ここはいいように解釈したいですね。
何より、生き返ってくれて私自身ホッとしたのですし、嬉しかったのですから、「再生」の意味が強調されているのだと。

「もえ」と言う人物が私にとって何を象徴しているのか、
よくわかりません。昨夜はもうあの記事を送信した後、確認もせずに眠ってしまうほど一杯だったので、しばらく更新しないつもりにしていた、このブログのことかも知れず、あるいはプチ欝はもう終わったということなのかも知れず、あるいは全く違うことかもしれません。

自分のタフさはいい加減熟知していて、それはある意味救いでもあり、呪いでもあると思っていました。何度でも立ち上がるボクサーは、何度でも倒されるのですもの。
1ラウンドで倒されてしまえばそれで終わりですけれど、最終ラウンドまで立っていられるというのは傷ついてボロボロの状態になりますものね。
表面に現れている気分的にはもう少し休んでいたいのですが…
posted by 花のしずく  at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

プチうつ

各所あんなにがんがんブログを更新していた私ですが最近すっかりお休み中。変化の多い半年を過ごしてきましたから、ちょっと気が抜けたのかもしれません。仕事のこと、家族のこと。
自分でもよくやってきたと思うし、少しずつ上手く回りだしてきて一安心したんでしょう。
プチ欝といっても、明るい気持ちになれないだけでそんなに落ち込んでいないですし、ちょっとやる気が出ないくらい?ストレスのほうも週末にお菓子のどか食いをするくらいで済んでいます。
エッセンスはスーパーバイタリティの後、2週間ほど前から女神エッセンスのペルセフォネを。500mlのペットボトルのお茶に入れて半日かけて飲んでいます。

ペルセフォネの挑戦的な側面(現実の問題点)は:
見捨てられる恐れ、恐怖、母親に関する問題、サポートされていないという思い。

と、誰でも心当たりのある問題です。これは根源的なものなので今のところ自分自身の表層には変化が出てこないのかしら。もしかしたら言葉にならない何かが私の無意識の中で進行中なのかもしれません。
それが今回のプチ欝でしょうか。
もう少し休んでいたい、自分でそんな風に思うし、十分休んだらまた走り出す日が来るんでしょう。もうしばらくペルセフォネで癒していましょう。
posted by 花のしずく  at 00:20| Comment(0) | TrackBack(1) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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