2007年03月31日

花吹雪

070331_1157~001.jpg三鷹での用事がことのほか早く終わったので、桜のこの季節、ふらりと禅林寺に寄ってみました。ここは森鴎外こと森林太郎と太宰治のお墓があることで有名です。お寺の前は何度も通ったことがあるのですが、立ち寄ったのは初めてでした。

大きなソメイヨシノの枝がはす向かいに建つ二人の文学者の墓に差し掛かり、それは見事に咲いていました。
森鴎外こと森林太郎とわざわざ明記したのは鴎外の遺言に肩書きなどを廃して葬って欲しい旨書いてあるからです。墓とは別の石碑に彫ってある遺言を読んで、鴎外らしい死への考え方だと思いました。

太宰は中学生頃読みましたでしょうか。改めて読んでいないのは、なんだかその破滅的な人生の影が、きっと必要以上に私の心を揺らすに違いないと感じていたからです。
070331_1203~001.jpg太宰がここに葬られたのは鴎外と同じ墓所に… と憧れを書いた夫の意を汲んだからだと読んで、情死した夫に対しての奥様の愛の深さを感じました。

墓所の桜はどこも枝振りが良く、そしてその場にたいそう似つかわしく思えるのです。毎年満開に咲いて、吹雪のように散る花が、まるで下に眠る人々の人生のようで。
ここ何年か、この季節はいつも感傷的になってしまいます。
posted by 花のしずく  at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月30日

心を開くこと、広げること

自分を愛することで書いたショックなこととは別に、職場のことで少し考えていました。お一人ロックウォーターと多少インパチェンスの混じった方がいらして、少し前の私に似たタイプの方。一言で言うと「怖い方」(爆)。
私自身はそれほど気になっていなかったのですが、時々ビーチの性質がネガティブに出ることがあって、他の方から見ると私が意地悪をされているように思えることもあるのでしょう。

勤め始めたとき、別件で精神的に動揺していたことと、どうしてもやりたいことがあって、そちらに気が行っていたこともありますが、私からすると少し特殊な環境の職場なのでその戸惑いがおおきく、私の第一印象がかなり良くなかったようです。でも私はその方が大好きなのです。自分に似た人がいるんだ〜と嬉しくなっちゃったのです。

この職場に来るときに「人間関係にはくれぐれも気をつけてください」と念押しされていたこともあり、どのように対応してよいのか良くわからなかったので、できるだけ大人しくしていました。ここの環境が今の私にはどうしても必要だったのです。
それは私自身でいることから少し遠ざかることだったのかもしれません。
非難されても、心のブロックをあらかた取り除いてしまっている私は傷つかないのです。その人の目から見てそうだと思えても、私自身は自分自身を愛していますし、自分の良さも価値も良くわかっています。

私はそれでも構わなかったのですが、他の方から見るとどうだろうと今朝ふと考えました。他の人に理解してもらえなくてもいいと言うのは、見方を変えてみれば相手を拒絶しているのと同じこと。
そこでお昼休みに別の方に相談してみました。
その方も私のことを心配されていた様子。出来るだけ率直に自分の気持ちをお話しました。
彼女のコミットしたいという熱意や、理想を追求したいという気持ちがとてもよく判ること。過去の自分に似ていること。
その方はびっくりされていた御様子でした。今の、それも猫をかぶった私しか御存じないのですものね。
私自身は彼女が敏感に私の中に自分に似たものを発見して、それが原因かなと考えていたのですが、どうもそうではなかった様子。
「ふりすぴさんは来るべくして来て下さった方なのね。彼女も変わるかもしれない」というお言葉に、こちらが驚いてしまいました。
な〜んだ、やっぱり私はもっと私らしくしていていいんだ。

お話した方はどうして私がそんなに変わったのか質問されて、エッセンスのことをお話してヴィルトローゼンのドーセージボトルをお見せしたところ質問攻め。このブログのURLも教えてしまおうかななどと考えています。


さて、午後から彼女に対して、まずは様子見で、軽〜くジャブ。
年度末で一昨年の書類を。綴じるのに適当な紙ホルダーがあったので、それを使っていいですか?と聞きましたらダメとのこと。何千枚も使わないであるのになんてケチなんでしょう。
「○○さん、御存知でしたか?ケチって移るんですよ」
これは、常々彼女が上司に対して「ケチ」と言っている発言と、私に注意する口調を織り交ぜたものです。これには彼女も苦笑い。一枚だけ許してくれました。
冗談じゃありません。綴らなくちゃいけない書類はたくさんあるのです。
えぇ、来週から紙ホルダーを獲得するためにがんばりますとも。
posted by 花のしずく  at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

自分を愛すること

先週だいぶショックなことがあって、なんだか気力が途切れた感じの2,3日を送りました。
ショック自体は手元にあるストロベリーエッセンスの直飲みで乗り切り、電話でもえにヴィルトローゼンを頼んで事態の推移を待つことにしました。

ショックはショックだったのですが、一方でホッとした部分もあり、そのことに私はびっくりしてしまったのです。どういう風にホッとしたかというと、「あぁ、これで好きなだけおばさんでいられる〜」ということでした(爆)
自分の心を観察してみると、やっぱり無理をしていた部分があって、それは若々しくありたいというものでした。ある程度年齢が行くと、誰でもそういう部分はあって、でも私は必要以上にそのことにプレッシャーを感じていたのですね。

大人の女性とオバタリアン(おばさんという言葉は中立なものとして考えたいのであえてこんな言葉を使ってみますね)は違いますよね。向上心というか、何か自分を律するものを持っている人を大人の女性。そうでない人をオバタリアンと定義してみましょうか。

外見にしても、内面的なものにしても手入れをし続けていくというのは存外大変なことで、気力自体も衰えてきますからつい楽なほうに逃げてしまいたくなります。あたらしいことにチャレンジすることや、好奇心すら働きが鈍くなってきているのが自分で判るのです。

ありのままの自分を愛するということはそれすらも受け入れるということだけれど、オバタリアン化した自分を愛せるかどうかというと、それは少し違うだろうと。でも自分を律し続ける気力が湧くかどうか自信がなくなってしまったのです。

自分を愛し受け入れることと、楽な自分でいることは少し違うような気がします。その差はホンのわずかなものなのですけれど。それが私の場合大人の女性でいようとすることと、オバタリアンでいいやと投げてしまうことの差ですね。

内面的な若さの問題はフォーエバーヤング エッセンススーパーバイタリティでどうにでもなる問題ですけれど、問題は生きていく張りや気力までの根深いものでしたので、とりあえずはヴィルトローゼンを飲むことにして(まだ届いていないので)いるうちに、少し状況が変わってきました。

そうしてこのショックな出来事を通じてある気づきがありました。
「この現実は自分が作り出したものだ」ということです。これはアバンダンスプログラムでやった問題です。

心の中を探ってみると自分の中に拭い去れない不足感があってそれがもともとの原因。ですからそれを思い切って手放してみました。このままでいい、これが「今」のベストなのだと、声に出してみました。
問題は自分が満足しているかどうかです。心の中を少し整理して満足できると思いました。

そうするとね、不思議です。心の中に「愛」や「感謝」や「パワー」が湧いてくるのです。ヴィルトローゼンもいらなくなっちゃった感じですけど、届いたら一応飲んでおきますね。

実はこれ、夕飯を作っている最中でしたので、なんだか溢れかえっちゃった愛が鍋の中に入り込んでいるような気がしていつもより美味しく感じたのです。自分を愛するって、こういうことなんだなぁって改めて思いました。
この幸せを読んで頂いている方に感じていただけると嬉しいな♪
posted by 花のしずく  at 00:19| Comment(2) | TrackBack(0) | エッセンス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

大放浪〜鈴木紀夫さんのこと

私が鈴木紀夫さんと知り合ったのは鈴木さんの最後の旅「第6次ダウラギリ雪男捜索」の直前でした。

当時アルバイトをしていた編集プロダクションの社長が鈴木さんの古い友人で、捜索のスポンサー集めをしていた鈴木さんが立ち寄られたのでした。捜索の企画書に誤字が見つかりワープロでその文字だけを打ち出して切り張りなんていう時代で、その作業をしながらいろいろお話を伺ったりしていました。3,4回いらしたでしょうか。
鈴木さんを語るには小野田寛郎さんのことに触れざるを得ません。最後の日本兵のお一人。残置諜者という命令を受けていたために、終戦やその後の日本の事情を知っていてもたった一人で戦闘を続けていたのです。捜索中の実の兄の姿を目撃しても出てこなかった小野田さんの心を開いたのが鈴木紀夫さんです。

冒険家といえば聞こえは良いですが、実際の鈴木紀夫さんはただ、雪男に会いたい、小野田さんに会いたいというだけで行動してしまうとてもシンプルな方でした。天真爛漫で屈託のない破天荒な笑顔、雪男捜索にかける情熱に引きこまれてしまいます。弁の立つ方ではないのになんでしょう、とても不思議な方だったのです。
「ふりすぴさん、今日はねぇ、マグロ倉庫に行って来ました。ヒマラヤは寒いからテストしないと」
と、某社ハンディカムを手にして
「品物は出してくれるんだけど、金はなかなか出してくれないんだよ(苦笑)」
かばんからは某社カロリーメイトがはみ出しています。私も鈴木さんと話しているうちに本当に雪男がいるような気持ちになってきました。
「鈴木さん、私も連れて行ってくださいよ。本気で雪男に会いたくなって来ちゃった」
「いいよ、いいよ、ふりすぴさんをひん剥いて転がしておいたら、あっという間に雪男が来るよ」
他の人から出る言葉でしたら単なる軽口で済むのですが、鈴木さんの口から出ると本当に「雪男のえさ」にされそうな気がして臆病な私は慌てて取り消してしまいました。

きっと雪男を発見してくれるに違いないと思っていたのですが、今度は鈴木さんが捜索される立場になり、雪崩に巻き込まれて亡くなったことを知ったのは週刊誌でした。
もしあの時一緒に行っていたら鈴木さんは遭難しなかったかもと思ったり、行かなかったから今自分が生きていると思ったり。

久しぶりに本を読んでみて、やっぱりまだどこかで生きているような気がするのです。そうでなければ天国で雪男と酒盛りをしているのかもしれません。

何かがそこにある。何かが僕を待っている。その何かを探し求めてまた国境を越える。そこにも人間が生きていた。朝起きて顔を洗ってメシを食って仕事に出かける。何の変哲もない生活の連続があった。
 しかし、僕はその平々凡々たる人間の営みのなかに飛び込むことによって、貴重な体験を重ね、生きている充実感と満足感とを味わった。これが旅というものだろう。


鈴木 紀夫

大放浪―小野田少尉発見の旅

posted by 花のしずく  at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

上海バンスキング



吉田日出子

吉田日出子/上海バンスキング ツイン・ベスト


オンシアター自由劇場の『上海バンスキング』。大好きで六本木の自由劇場まで通いました。

吉田日出子さんはホワンとした不思議な雰囲気の女優さんで、歌もとても上手。CMで「リンゴの木の下で」が良く流れていましたから聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
このアルバムにも入っているオープニング曲「ウエルカム上海」は特に好きですね。不思議にふんわりと歌われる数々の曲は舞台を見ていない方にもオススメです。

このミュージカルはジャズメン達が音楽をするために日本を離れ上海へ向かうという設定。演奏も役者さんたちがするというもので初演の頃はその辺がかなり微妙だったようです(笑)

異国の地上海でジャズメンたちは毎晩お祭り騒ぎ。取り付かれたように前借り、前借りで遊びまくります。比較的自由の守られていた上海にも戦争の影は色濃くなってきて、夢のように楽しかった日々が終わりを告げました。
「バンス〜それは夢の前借り」だったのかもしれません。でもこのミュージカルの最後はみんな生き返って、また前と同じように演奏を楽しむのです。
それは幻なのでしょう。でも上海という異国の地がそもそも幻の舞台のようで…
posted by 花のしずく  at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

アメリ



去年リュック・ベッソンの「ANGEL-A」を観ながら主演のジャメル・ドゥブーズをどこかでみたような気がして調べてみると、やっぱり「アメリ」で観ていたのです。遅ればせながらビデオ屋さんで借りてきてもう一度観てみました。

この映画は女の子に人気の高かった映画。ホンのちょっとしたお節介で周りの人を幸せな気持ちにさせる女の子。以前見たときはアメリ役のオドレイ・トトゥの愛らしさと数々のいたずらの仕掛けが心に残りました。
でも今回はアメリが一目ぼれした変人ニノにお得意の様々な仕掛けをほどこすも寸でのところでくじけてしまう気持ちが伝わってきて泣きそうに…
人のことならお手のものでも、いざ自分のこととなると生来の内気さがどうしても出てきてしまう。
うん、うんと頷きながらも、一方で訳も分からず走りまわらされるニノにも深く深く同情。
フランス映画らしい小粋さと可愛らしさに溢れた小品です。

観るきっかけとなったジャメル・ドゥブーズのいかにも不器用で繊細な青年役もとてもハマっていました。
この映画を観ると私の悪戯心も刺激されます(笑)さて身の回りを見渡して…どこから仕掛けましょうか

アメリみたいに内気な方にはハートスピリットエッセンスがオススメです。
posted by 花のしずく  at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

鼓動

仕事場に血圧測定器があるので、計ってみました。先日の測定結果は上が113下が58脈拍が60。通りかかった保健婦さんにいかがでした?とからかわれて結果の紙を見せたところ問題なしとのお墨付き。
「若い頃スポーツされてました?」
「いいえ、特別」
「脈拍が女の人にしてはゆっくりめだから」
「心臓が強いんでしょうね(笑)」
撮影をしていた若い頃からこの数値は変わっていなくて、いつでもどこでも真っ暗闇の中でさえ正確に秒単位の時間が測れて重宝していたのでした。
何でも生涯心拍数なるものがあるそうで、これで私の寿命を計算すると73歳。
あれ?平均寿命にも満たないのだけど(爆)これはあくまでも目安なのだそうです。
そしてしばらく前に話題になった本を思い出しました。

これは生物学の本ですが、動物のサイズによって鼓動の速さは違い、心臓の動く回数はほぼ一定しているのだとか。ネズミの一生は短く、象の一生は長いように思えても、生理的時間はそれほど変わりがないという仮説が成り立つらしいのです。面白いですよね。

私も変化の多い時期を越えて一息つきました。自分でいることに集中していれば、周りに振り回されないで乗り越えて行けることを身体で感じました。先日のように落ち込んだりしても、すぐに修正できます。
私は書き物をしますから、今では自分のネガティブを利用する事だってしています。人間ですからネガティブな部分とポジティブな部分があって当然ですし、両方を含めて自分なのだと思うのです。
それをいかにコントロールするかが重要で、自分の意志や自分自身がはっきりとあれば、何があっても大丈夫なのでしょう。そういう意味でこのブログを始めた頃に比べると私ってなんて自由になれているんだろうって思うのです。
でも、なんだか今夜はダメ(爆)
posted by 花のしずく  at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

死ぬ夢

チビが、私が死ぬ夢を見た。
不安そうに私に抱きつくチビに
よし!と、こぶしに力を入れる私。

夢の死は再生を意味する。 らしい。
「mamaはもう昨日までのmamaじゃないのよ〜ん♪」
あっけにとられるチビに説明した。

「人が大きく変わるときに死ぬ夢を見ることがあるのよ
人は常に変化し続ける存在だけれど芋虫がさなぎになるように
さなぎが蝶になるように大きく成長するときがあるのよ
それは今まで姿から大きく形を変えるでしょ?
心の中もそれと同じようなことが起こるの。」

「へ〜」

チビとの関係は今もって不思議な感覚がある。
時々、彼は私の頭の中の考えを読んでいるのではないか
と思う瞬間がある。
え?と思ったことが10回や20回ではない。
ほかの子供には感じなかったことだ。

カレト、ワタシノアタマハツナガッテイル

何か特別な縁があるのだろう。
とにかく私の大きな変化を彼が感じないはずはないし
たとえ意識の上で感じていなくても
彼とはツナガッテイル。

へとへとに疲れて、夢など見る余裕のない私に代わって
彼が知らせてくれた。
もう、昨日までの私ではない私になれているよって。
うれしかった。

                       もえ三日月
posted by 花のしずく  at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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