2007年05月28日

Country road


19歳のころ、進路の問題で両親と衝突して家を出ました。あの頃の事は、その直後でさえ思い出せなかったほど混乱しています。
今考えるとかなりめちゃくちゃだったのでしょう。日吉の川沿いにアパートを借り、働きながら学校に通っていました。
アルバイトを掛け持ちして帰ると4畳半のアパートにはテレビすらなくて、ただその日を何とかやり過ごしていました。風邪を引いても保険証も無く一人で寝ているような日々。心細い、その日暮らしでもどうしても家に帰りたくなかった、その頃。

喫茶店に入って流れてきた音楽に思わず涙がこぼれました。歌っていたのはジョン・デンバーだったか、オリビア・ニュートンジョンだったか。
親元を離れて、世間の厳しさ、親の庇護のありがたさを改めて知ったものの、何かおめおめと帰る事が出来ないような気がして突っ張っていた自分。親も親でしたが、娘も娘でしたね。自分自身で自分の人生を何とか切り開いていくのだという意地。電話をすれば泣き出してしまいそうで、ろくに連絡も取らずにいました。

思えばあの頃の苦闘が今の私を支えているのかもしれません。家出という強烈な抵抗が、私の両親のことも少しは柔らかくしたのかも知れませんしね。

映画「耳を澄ませば」で鈴木 麻実子さんの訳詩がうまいなぁと思ったのは、あの日渋谷の喫茶店でぽろぽろと涙をこぼしながら思っていたことと、全く同じだったからです。

あの頃の自分を振り返ると、そんなに突っ張らなくても良いのにと思いますけれど、健気でいとおしく感じますね。そうすることでしか自分で納得できなかったんですもの。
もしかしたら今も余り変わっていないのかもね。
posted by 花のしずく  at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月26日

憧れのアオザイ

img10384095757.jpg今日同僚たちとお昼を食べていたら、ヴェトナムの女の子がいらして私たちの脇をすぅっと通っていかれたのでした。

そのアオザイの美しさ!

アオザイってとても清楚なイメージなのに、凄くセクシーでもあって、スリムな人ばかりでなく、ボリュームのある人も美しく見える不思議な衣装。歩くとエレガントに身体の周りをシルクが踊ります。

みんなでうっとりと眺めました。
彼女の着ていたのは写真のようなデザインで、クリーム色のシンプルなもの。そうそう、こういうのが前々から欲しいのだけれど、いかん「せん
「着ていくところがない…」
と言ったら、職場に着て来ても良いとのお言葉…

いや、それは…いくらなんでも。

「結婚式は?」
確かに正装だし、いいかも。
「うーん、この年になると、もう結婚式なんかないんだ」
「お葬式ばっかりで嫌になっちゃうわよね」

もえの娘の結婚式までお預けでしょうか…

posted by 花のしずく  at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

高揚した気持ちに

以前にも書いたことかもしれませんが、大切なことなので何度でも書きたいと思います。
このブログではエッセンスの初心者に向けて書いているので、扱っていないエッセンスがあります。
例えば、イルカのエッセンスはあっても、クジラのエッセンスは紹介していません。バラのエッセンスは扱っていてもランのエッセンスは扱っていません。それはもえのスタンスです。
クジラやランのエッセンスは非常に波動が高いため、初心者には扱いが難しいのです。従って、見ず知らずの方にむやみに勧めるわけには行きません。
新しい気づきがあったときには、誰でも一時的に非常に気持ちが高揚します。そんな感じに喩えたらよいでしょうか。高い波動に共鳴したときに、頭のほうのチャクラが開きっぱなしになってしまうとでもいいましょうか。しっかりとグランディングした状態でないと、本人に消化できる許容量を超えてしまうことがたまにあるのです。

自分の足元を固めないで行動すると自分を見失ってしまいます。せっかくの気づきを見失って無駄にしてしまいます。あなたの気づきは間違っていません。気持ちが高揚して居ても経ってもいられないようなときこそ、グランディングが必要なのです。例えば、大地に親しむようなこと、身体を動かすことはグランディングに役立ちます。
エッセンスを選ぶなら
コルテのジェムエッセンス、きのこのエッセンス。マスターズだと地を這うストロベリー
オーストラリアブッシュでは
サンデュー 
レッド・リリーなど。
まず自分、そして自分のもっとも大切な人たちを一番初めに見つめ、愛し、大切にしましょう。気づきが身体に染み渡り、実生活に反映されるまでは、しばらく時間がかかるのです。

今朝メールを差し上げたブロガーさんへ
posted by 花のしずく  at 22:22| Comment(2) | TrackBack(0) | こんな場合にエッセンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

草むしりのご褒美

070518_1840~001.jpg
仕事から帰ってきてホット一息。最近は日が長くなったので相変わらずの草むしりです。明日も予定が入っているし、できるうちに少しでも。
雨が降り、太陽は照って物凄い勢いで雑草が伸びます。今日の夕飯どうしようかなぁと考えながら、隣接する駐車場のほうから手を回して草を取っているとアスパラガスのちょうどいい芽が出ていました。

070518_1909~001.jpgわーい!草むしりのご褒美です。
根元からパチンパチンと切って下茹で。ベーコンがなかったのでハムと一緒に炒めてみました。

美味しい!香りが素晴らしい!
採ってから30分で食卓に並びました。そりゃ美味しいですよね。
posted by 花のしずく  at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

紀の国屋 ふらここ

070517_1953~001.jpg前々から評判は聞いていたものの機会がなくて食べられなかったの。
頂きました!

紀の国屋 ふらここ

「ひよ子」とか「ままどーる」みたいな黄身餡は好きなんですね。何というか、この粉っぽさがたまらないんですよぉ。あ、同じく三万石のエキソンパイも好きです。

しかし、この「ふらここ」は、崩れやすい黄身餡で餡を包んでいるという。口の中に入れるとふわ〜っと黄身餡が溶けて…おいしすぎてどうしよう!
あんまり美味しすぎて、これは記事にしなくては!と食べかけの写真をパチリw

毎日これだけを食べて生きていきたい!
posted by 花のしずく  at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

自分自身の望む現実を手にしている

一月の下旬ある決定をしようとして寸でのところで思い留まってしまいました。それは決定的に変化を認めることでした。
自分でそれを望んでいたはずだったのに、それによって引き受けることになる責任が一瞬とても恐ろしく感じたのです。
結局それは先月の半ばまで持ち越されることになりました。今だから書けることです。
もう2年以上自分の心の動きを見つめている私は、そのときの自分の恐れを見逃しませんでした。

人はいつでも自分にとって最良の場所にいます。
自分自身の望む現実を手にしていると言うのは本当のことなのだと今では思います。
今の状態は望んでいない、私はもっとこうありたいとそれぞれに思われることでしょう。私自身も意識の表面ではそう思います。

その責任を積極的に果たそうという気持ちになり、恐れを手放したとたん現実が動き始めました。出来るところから行動を始めると、わずか5日間で全てが変わったのです。自分でも信じられませんでした。

結局のところ、自分がこうしたいという願いより、恐れのほうが強かったのです。だから一月には変化を起こすことが出来ませんでした。

現状というものに不満を抱きながら、私はいつしかそれに適応していて、誰かのせいにしてみたり、時間がないと思ってみたり、時期が来ないからと言い訳をしていたのでしょう。

考えてみれば、生き方を変える決心をして引っ越してきたこのアパートだってなんと自分の望みどおりだったことか、それ以上です。
今の仕事だって、自分の思っていた以上の条件です。お給料以外は(爆)。日々学ぶことがあるし、理解のある上司に恵まれ、少しづつやりがいのあるものに変化していっています。お給料以外は(爆)。
その間私がしたことと言えば、恐れを捨てたこと、自分を愛し、自分であり続けようとしたことです。

いま私は自分の全てに満足できているかと言えば、まだまだ満足できていません。お給料の問題もありますし(爆)自分にとって大切な方との関係も。
原因はやはり恐怖なのでしょう。父はお金に固執することは卑しいことだと私に叩き込みましたし、それはアバンダンスプログラム一度で取り切れているのかどうか…(おい!)そもそもアバンダンスで私はお金を多く得たいと望んだわけではありませんでしたし。

自分の現実を作っているのは自分です。自分を制限し、枠をはめているのは自分です。
自分に言い聞かせるようにこの記事を記します。
私が本当に望んでいるのはなんなのか、もう一度良く考えたいと思います。
posted by 花のしずく  at 01:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

コミュニケーションは愛

tyou2201ic7.gif
先日「愛のコミュニケーション」という記事を書きました。今日はその方ではなくて似たような別の御夫婦のお話です。
御主人の詳しい状態は伺いませんでしたが、文字盤のようなものを使って意志を示せる方のようです。
そういう御夫婦でも喧嘩をされることがあるそうです。

文字盤を使って傍らに座った奥様が根気強く御主人の合図を待ちます。
…ば
…か
思わず笑ってしまうような光景ではありませんか。奥様は御主人を放ってどこかへ行ってしまうことも出来るわけです。指し示されて憤慨される奥様の思いもあるでしょう。
「でも、怒ってコミュニケーションを絶ってしまってはお終いですから」
この御夫婦の信頼関係、愛情の深さが伝わってくるようなエピソードではないでしょうか。

私たちは関係の深い相手に対して
「そんなことぐらい言わなくても判っていてくれる」
「言ったところで判ってもらえないのだから言わない」
「どうせこんな風に思っているんでしょう」
「負担に感じて欲しくない」
そんな風に甘えたり、諦めたりするものです。
相手に対して怒る、不満を持つ、その気持ちを伝えないとすればそれは相手に対して卑屈になっていると言うことです。
この御主人が奥様が疲れているから、負担をかけたくないからと黙って溜め込んでいくと、関係は対等でなくなり、優位に立っている相手は気がつかないままで、次第に関係が壊れていくような気がするのです。


人間ですから疲れている時もあります。気力の湧かないときもあります。
それでも自分の想いを相手に理解できるよう伝える。伝えられた相手は真摯に受け止める。

些細な行き違いを根気強く埋めていく努力、常にメンテナンスをしない関係はどんどん壊れていきます。
一人ぼっちで幸せを感じられる人がいるでしょうか。人は究極的には人との関係性の中でしか幸せを見出せないものと思います。
posted by 花のしずく  at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生きていきたい

070512_1033~002.jpg
休みのたびに雑草を引き抜いたり
伸びすぎた枝を刈り込んでみたりするけれど
とても間に合わない

新緑の季節
花の季節

雑草と呼ばれる植物にだって
きちんと名前があって
それぞれに花を咲かせて
生命を輝かせようとしている
それと格闘しながら
何かもやもやとしている自分の想い

自分の生命を輝かせたいと思うこと
自分は生き切っていないと思うこと
恋に恋している
それはこんなにも生きたいと思うこと
輝かせたいと思うこと


こんなにも強く生きたいと願っている
私生きていきたい


写真はカタバミの花

posted by 花のしずく  at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

魔法の鏡〜トラウマの寓話

昔々美しい少女がいました。愛らしく素直だったので周りの人にとても可愛がられておりました。余りに周りの人に可愛がられるのである日母親は心配になりました。

「このまま成長していって、高慢になると心配だわ」
母親の妹はたいそう美しかったので、周りの人にちやほやされ、母親を馬鹿にしたような態度をとることが多かったのです。

母親は魔法使いのところへ出かけていき、一枚の魔法の鏡を貰ってきました。それは歪んだ鏡でした。それに顔を映すと、顔が歪んで見えるのです。母親は娘に鏡を手渡しました。
「お前もそろそろ年頃になるから鏡を上げよう」

娘はたいそう喜びました。鏡などというものは昔は高価なもので、持っている人は少なかったのです。
娘は早速鏡に顔を映してみました。

右の目の大きさと左の目の大きさが違い、右の口元は妙に持ち上がって見えます。娘はたいそうショックを受けました。
周りの少女たちに比べて自分はなんと醜い顔なのでしょう。
娘は小さく見える右目を大きく見開いてみました。左右の目の大きさは何とか揃ったように見えました。唇の右側を下げてみました。それで何とか顔の左右が釣り合う感じがします。

少女は今まで自分の顔のことなど気にしたことはなかったのに、それ以来ちゃんと顔を上げることが出来なくなりました。自分は醜いと思い込んでしまったからです。

周りの人が、可愛いわねと声をかけても、醜い自分に同情しているのだと思って人を避けるようになりました。きれいねと言われると、からかわれているような気になって、泣き出してしまいます。顔を上げるときは右目を見開き、右の口元を下げるように気をつけました。

そんな顔を見せられた人は少女が怒っているのだと勘違いをしてしまいます。そそくさと立ち去ってしまうのでますます少女は自分が醜く、嫌われているのだと思うようになりました。
毎日俯いて人と顔をあわせることもなく、少女は閉じこもりがちになりました。鏡は見たくなかったので母親に返してしまいました。

満月の夜、少女は家の近くの湖に出かけました。蒸し暑い夜を水辺を渡る風で涼もうと思ったのです。
湖のほとりの岩に座りふと少女が水面を覗き込むと、美しい少女が映っていました。少女にはそれが満月の夜の魔法のように思えたのです。
少女は満月のたびに湖へでかけては水面に顔を映していました。満月の夜だけでも自分が綺麗なのだと思えることは少女にとって慰めになりました。

相変わらず俯きがちでしたが、人と顔をあわせるときに顔を歪めることはなくなりました。そうすると顔をあわせる人は驚かなくなります。少女は無理に顔を歪めているのは大変なのでそのままの顔でいるようになりました。けれどもまだまだ引っ込み思案でした。

そんなある日少女は隣村の若者と知り合いました。この若者は少女のことが好きになったのです。
「でも私は醜いから…」そういう少女に若者は鏡を見せました。
少女が鏡を見ると鏡に映った自分の顔は美しく見えました。満月の夜水面に映る自分の顔と同じです。
「これは魔法の鏡じゃないの?」
若者と少女は顔を寄せ合って鏡を覗き込みました。鏡に映った若者の顔は少女が見る若者の顔と同じように見えます。
「君は初めから綺麗だよ、なぜ自分を醜いと思い込んでいるんだい」
posted by 花のしずく  at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

ホーキング、宇宙で語る

かわいい…
ホーキング博士、しょうがないことだけど、しかめっ面しか見た事がなかった。
でもこの可愛らしい表情とポーズはどうでしょう♪

 「宇宙旅行は昔からの夢でした。無重力飛行はその第一歩です。私の体験を多くの人にも体験してほしい」

ホーキング博士、宇宙で語っちゃったね。

しかし、42万円で無重力が体験できるのか…うぅっ、憧れる

posted by 花のしずく  at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | そのほかのフラワーエッセンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

情況の囚人

スター・オブ・ベツレヘムでトラウマにチャレンジして一昼夜。
自分にとって厳しいエッセンスになると予測していましたが果たしてその通り。
早くも出てきた好転反応で昨日の夕方から泣きっぱなしでした。

昔傷ついた事柄がトラウマになって自分のコンプレックスを形成しているのですからまずそれを解消しなくてはね。
飲まなくちゃと、思いながらまだ厳しいだろうと言い訳をして先送りにしていたのですが、調子のいい現在、取り組んでみるようにとの「庭のお告げ」を素直に聞くことにしました。
やっぱり少し怖かったんですね。
トラウマについてはきっとまだまだこれからでしょうし、まとめはその後することにします。

昨夜どうしようもなかったので、気を紛らわせようと思って観たのが
Gyaoでやっていた es[エス] 。
1971年にスタンフォード大学で行われた心理実験を題材に取っています。
看守役と囚人役に分けられ生活するように命じられた被験者たち、ある種の拘束状況の中で支配力を持つ側と、支配される側に分かれるとそれぞれの性格とは関係なく役割を演ずるようになり、次第にそのような状態に陥っていくさまが、非常にリアルに描かれています。
「ごっこ遊びなんだから」と言いながら、どんどん役割そのものになりきっていくのです。
実験をしている心理学者までもがその中に取り込まれていくさまが見事です。
私も気を紛らわせるために観始めたはずが夢中に。これを映画館で見たら、もっと取り込まれてしまったでしょうね。

そして私はこれを特別なことだとは思いません。たとえば学校などである「いじめ」、家庭内での「虐待」もそのひとつでしょう。このような閉塞状況を避けるのもひとつの方法だし、必要以上に役割にのめり込まないで常に自分はどうありたいかと問い続けるのもひとつでしょう。

もしかしたらあなたや私のトラウマもこのような状況の囚人に端を発しているのかもしれません。

tyou2201ic7.gif
情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは
Gyao  es[エス] (ご覧になる場合は覚悟を)
posted by 花のしずく  at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月05日

エッセンスの働き

今夜はそんなつもりはなかったのになぜかもえの家からの更新です。
オーラのクレンジングをしてもらいました。
昨日書いたことの続きを書いてみましょう。今日はエッセンスの働きについて。

バラが咲いていたのに気がついたのは私がたまたまメガネをかけていたからです。そうでなければ季節外れの椿が咲いたのねとよく見ることもしなかったでしょう。
スターオブベツレヘムに気がついたのも私がたまたま庭に寝そべったか
ら。アマナはもう終わってしまいましたけれど、また咲いたのねと片付けたらそのままだったでしょう。

気がつかなければ私の庭にバラも、スターオブベツレヘムも存在しないことになりますね。実際に存在していても、私が発見しなければ存在しないのと同じです。

エッセンスは自分にかけている性質を付け加えてくれるものではありません。その人の中に元々持っているものをポジティブに表出させてくれるものです。

誰の中にも強さや愛、繊細さや柔らかさ、勇気や明るさを持っているものだと思うのです。それを発見してみてください。
エッセンスが助けになりますよ。
posted by 花のしずく  at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

トラウマ スターオブベツレヘム

昨日記事を書いた後、ちょっと傷つくことがあったので手元のストロベリーエッセンスを何回か直飲み。
今日の午前中もエネルギー不足を感じたので、まだ青くなっていない芝生の上に寝転んで燦燦と射す太陽の光を浴びながら大地と太陽のパワーを補給していました。

この庭にはいつもお世話になっているなと改めて思います。大きな公園の芝生の上で寝転がるのと同じですが、いつでも部屋着のまま一歩外にでればそういう環境があるというのは大きな恵みです。
ストロベリーエッセンスもそうですが、日の光を浴びたり、大地に寝転んだりというのは急速に自分を自分自身の中心に戻してくれるみたいです。ありがたいなぁとおもいます。

そして寝転んでみたらまたまた大発見!
先日アマナの記事を書いたばかりですが、なんとオオアマナ発見!!

そう、スターオブベツレヘムの現物(爆)
070503_1554~001.jpgこの2種は本当に良く似ていますが、花枝の付き方が違うのです。ひとつの茎にひとつの花がついているのがアマナ。ひとつの茎から花枝が分岐してついているのがスターオブベツレヘムです。

出来すぎでしょ?

どう考えたって出来すぎでしょ?

このブログを始めた頃は、引越しは無理と諦めていたところで、自分自身もとても苦しい中、それを吐き出しながらエッセンスに助けられて日々を過ごしていたのです。
そこから一年経って、念願の引越しも出来、しかも庭が付いていて、もえと二人でハーブでも植えてみようか、エッセンスの植物でも植えてみようかなどと言っていただけ。冬が来て、庭の手入れどころでなくなって、春の到来とともにいろんな植物が花を咲かせ始めました。以前の住人さんが植えていかれた様々をただ鑑賞して、私は雑草を抜いているだけ。

それなのに。
スターオブベツレヘムの現物。
もう少しこのブログをちゃんとやるようにとのお告げでしょうか(爆)
それともスターオブベツレヘムを飲むようにとのお告げでしょうか。

出来すぎでしょ?

どう考えたって出来すぎでしょ?


以前の記事にも書きましたが、スターオブベツレヘムはトラウマに効果があります。今回傷ついたことも元はといえば自分のトラウマに関係しているのです。
心や身体の傷は自分では対応できないようなエネルギーのインパクトでそのショックを和らげるために自分で意識するしないに関わらず、歪んだとらえ方で受けとめるような事柄です。

たとえば指に怪我を負ったとします。傷口が痛いですからそこを庇うようになります。普通は怪我が治ったら庇うことはなくなりますが、傷口を庇うために妙な指の使い方をする癖が残ってしまったらそれはトラウマが原因だといえると思います。酷い火傷をしたために、熱いものに必要以上に恐怖を抱いたらそれはトラウマが原因です。

先日の記事もそうです。自分の庭にスターオブベツレヘムが咲くなどという出来すぎなことがあるわけがない。そんな思い込みが、「アマナ スターオブベツレヘム」というタイトルに現われているでしょう。
自分にそんなラッキーが起こるわけがない。今までツイていた事なんてないもの。努力しなければ得られない。得られてもせいぜい代用品。そんな風に心のどこかで思っていたんですね。

昨日のバラもそうです。バラの木が欲しいけど、手入れが大変だから、今の庭と合わないから。そんな理由で諦めていたのに、実は初めからちゃんとあったんです。
こういうことは頭で理解できても、自分の実体験として腑に落ちなければいつまで経っても自分の中に生きてこないものだなぁと改めて思います。
ということは、幾らこのブログを読んでも余り効果はないです(爆)

今書いた、「自分にそんなラッキーが起こるわけがない。今までツイていた事なんてないもの。努力しなければ得られない。得られてもせいぜい代用品。」この言葉は私のトラウマです。

強すぎる願いが、願いがかなわなかったらどうしようという恐怖を生み出します。一生懸命努力しても得られなくて辛い思いをした過去の傷が私のトラウマです。
心のトラウマは私たちの思い込みとなって無意識のうちに何度でも同じ経験を引き寄せます。自分は愛されない、愛される価値がないという思い込みが愛されない現実を作り出しています。

早速もえにスターオブベツレヘムを頼んでみましょう。庭の「お告げ」ですから。
posted by 花のしずく  at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月02日

「星の王子さま」のバラ

070502_1339~001.jpg連休の中日。
買い物から帰ってきたら庭の入り口の小さな椿の脇にピンク色の花が咲いていました。
不思議に思って良くみるとなんとバラでした。
このアパートはずっと住んでいたいほど気に入っていますが、いつかは出て行く日が来るのでしょうし、和風にまとめられている庭の木を切り倒して手入れの難しいバラを植えようとは思っていませんでした。
またびっくりです。
まるで「星の王子さま」に出てくるバラのように小さな木とも呼べない枝に、一輪だけ。今日発見したのですから、手入れも全くしていません。それなのにこの美しさはどうでしょう。
一人前にちゃんと棘もあって風に揺れています。
花はサラ・ファン・フリートみたいな色。
余りにも「星の王子様」のバラを思わせる形にもう一度読んでみたくなりました。
誇り高く我侭で気が強いあのバラは「星の王子さま」のもう一人の主役ですものね。

バラのエッセンスはこちら


サン=テグジュペリ, Antoine de Saint‐Exup´ery, 内藤 濯
愛蔵版 星の王子さま

posted by 花のしずく  at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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